3-26.会話編 他力信の特性-回心とは-

B君 祖師は信に一念があると教えられたが、その文言上の根拠は無量寿如来会の「一念の浄信」という文言にある。その上で十八願成就文の「聞其名号信心歓喜乃至一念」の「一念」を信の一念と理解された。この信一念は信が開発する初起一念と理解されているが、ここで疑問に思うのは、この初一念はその初一念のときに自覚的に認識できるのか、或いは初一念時には自覚的に認識できなくても、事後的に実際の信体験の上で初一念を想定ないし認定することができるのか、ということだ。

 

A君 どうしてそんな事を考えたのか。

 

B君 「聞其名号信心歓喜乃至一念」の一念は行の一念とするのが元祖の解釈だが、祖師が大経に直接の根拠の無い信一念をわざわざ異訳の無量寿如来会の文に根拠を求めたのは、祖師の信体験の上から、よほどの事情や理由があってそうされたのではないのかと思うんだ。

 

A君 つまり祖師には初一念のときに自覚的に初一念を認識できた、ないしは事後的に初一念を自ら想定ないし認定することができたと考えているんだね。

 

B君 うん。それにね、少なくとも事後的に初一念を想定することができるものでなければ、信一念は観念的ないしドグマであると言われかねないことになる。

 

A君 君は信一念を観念的な理解にとどめずに、実証主義の立場からさまざまな信体験において信一念を必ず見いだすことができる、と考えているんだね。

 

B君 そう。そのような考えが正しいかどうかは、数多くの信体験のサンプルが必要になるし、そのサンプルは回心という心理的現象が可能な限り正確に叙述された精度の高いものでないといけない。精度の低いサンプルだと誤答につながるおそれがあるからね。

 

A君 確かに信一念を観念的な教義レベルに終わらせるのではなく、信体験に信一念があることを実証的に確認してゆく作業を行った研究はこれまでになされたことはないだろう。そこに目をつけたのはどうしてなんだい。

 

B君 信一念は自覚的には分からないという論調が多く見られるよね。おそらくこの論調は、初一念のときに自覚的に信一念を認識できなければ他力信ではないという主張に対して反駁するところに意味があると理解されるが、事後的にも初一念の有無を想定することができないのか、ということが疑問になってきたんだ。

 

A君 確かに祖師は「建仁元年辛の酉の暦、雑行を捨てて本願に帰す」とだけ言われていて、自らの信体験を詳述した著作はない。だから詳しい事情は分からないが、建仁元年という年単位のスパン内で信体験があったと認識されていたことは確実に分かる。その信体験が特定の年度に起こったということは、その年の1月に起こったか2月に起こったか、ないしは12月に起こったか分からないというものではないだろうと推測できる。

 

B君 自らの信体験を事後的に評価してみると、あのときに信が開発したと理解されたということなのか、それを知りたいと思ったんだ。

 

A君 信一念が自力が廃って如来の救いを受け入れるときのあるべき理念であるというのは理解できるし、自力の計らいがどこかの時点を境にしてなくなったという実感の上からも信一念の存在を首肯することができる。しかし、初一念を自らの信体験の上に見いだそうとして事後的に認定する作業を丁寧に行うにしても相当な困難がつきまとうのも事実だ。

 

B君 そう。だからここで2つの選択肢が考えられるんだ。①1つは信一念という教義はドグマに過ぎないと理解し、信体験における初一念を認定する作業を放棄する。②2つは信一念はドグマではないし、事後的に信体験の上に見いだすことができるという確信の下に信体験における初一念を認定する作業を行ってみる。僕は②の方向を目指しているのだ。

 

B君 そこでA君の信体験を聞かせてくれないかな。

 

A君 ん?君の研究材料にしたいと言うんだね。まぁいいか。参考になるかどうか分からないし、君を収拾のつかない解決困難な混乱に導く事になるかもしれないよ。

 

B君 それでもいいから聞かせてくれないか。

A君 では、一つの参考程度に聞いておいてほしい。

 

A君 私が人生後半にさしかかったある日の夜、自宅ベッドの上でふと天井を見上げたとき、病院の病床で同じように天井を見上げている自分を想像してみた。老病によっていずれはそうした日が確実に来ることは間違いがないと思ったとき、蓮如上人の「雑行雑修自力の心を振り捨てて一心に阿弥陀如来、我らが今度の一大事のご後生、御助け候とたのみ申して候。たのむ一念のとき往生治定、御助け一定と存じ喜び申し候。」という文がふと思い出された。わざわざ宿善を積む難行によらずとも自力の思いを振り捨てて帰命すれば救われるんだと思えた。このとき人生で初めて心から阿弥陀仏に救われてみたいという思いになった。それで死のことが再び、問題になりはじめた。

 

B君 それ以前は救われたいという思いになったことはなかったのか。

 

A君 大学入学時に「阿弥陀如来に救われると壊れない幸せになる」と聞いたときはそうなりたいと願うようになったが、私の言う「初めて救われたい」という思いはその思いとはまったく異質なものだ。

 

B君 どうちがうのか。

 

A君 「壊れない幸せになりたい」という思いは「自力の思いを振り捨てて帰命する」という救済の視点というか要の抜けた、あこがれめいた思いに過ぎない。

 

B君 「自力の思いを振り捨てて帰命する」という救済の視点が定まったことで、その意味を知りたいと思うようになったんだね。

 

A君 単に意味を知りたいというだけではなく、そこにしか如来の救済が現実的に起こる場所はないという思いや感覚になったんだ。                                       

B君 なるほど。「壊れない幸せ」という観念に踊らされるのではなく、お聖教の文の中に「現実的な救済」が書かれていると理解したということだね。

 

A君 そう。これが長らく続いた呪縛から自由になった最初の踏み出しになったと思う。

 

B君 それで君の言う「死の問題」とはどういうことか。

 

A君 臨終に向かったときに自分の心の状態に大きな問題がある事に気づいてしまったということだ。これは以前から心に感じていた問題ではあったが、自力も他力も何も分からないまま死んで逝くことの重大さを再び思い出したということだ。頼るべきものや体を失って命を永遠に向かって放り出すとき、いい知れない不安に陥るという心の問題はまだ解決されないまま残っており、もう一度この心の問題に取り組もうと思ったということさ。

 

B君 それで。

 

A君 自力の思いを振り捨てて帰命すればその心の問題が解決がついて救われると思ったのだが、自力の思いというものがそもそもどういうものか分からなかった。だから帰命ということも分からなかった。そう思うとこれらを理解できない限り信は得られないと思えて落ち着かない気持ちになった。だから、二十歳代後半に精神的に捨てたはずの真宗を、もう一度はじめから自分の力だけで、他人の影響を受けずに心から納得のいくまで勉強し直してみようと思い立ったのさ。

 

B君 独自に勉強したのか。

 

A君 そう。可能な限り真宗の本をネットで購入したり、本願寺で購入して読んでみたよ。本を読んでも自力の思いと帰命のことは分からなかった。だからインターネットで法話の情報を入手しては本願寺などに説法を聞きに行ったり、とびきり優秀な知人が某会を脱退して信も得ているとネットで公表していたので、その人に東京まで来て貰ったりもしていた。しかし、いずれもいずれも聞いても分からない。何一つとして心から分かったという感じがしないんだ。

 

B君 うん。

 

A君 何一つとして自力も他力も分からないという思いのまま助かりたいと思って、宿善になるとかつて聞いていた正信偈などの拝読をその頃毎日数回から十数回の頻度でこっそりと行ったりもしたし、それに伴って念仏も称えてみた。拝読という読誦正行に相当な重きを置いていたのだが、そのうち読誦は自分が続けてできる行ではないと思うようになり、面倒くさい拝読よりも念仏の方が浄土の行としては簡単で効率的だと思うようになった。

 

B君 うん。念仏以外の行はある意味すべて難行だ。それで。

 

A君 何も分からないまま死んで逝くことの重大さに気づいたことから感じた、あの取り返しの付かない不安感はあたかも潮が引いてはまた満ちるように不安と安定とが交互に繰り返す日々が続いたんだ。その思いから法話を聞き求めるのだが、聞いても聞いても分からない。不安な気持ちになると救われたいという思いが心をとらえて離さないようになっていった。日々、そんな思いに囚われる時間が次第に長くなっていったように思う。そんなときだよ。こんな心の状態のまま死んで逝くのかとはじめて死に臨んだときの心境が現実の問題になったんだ。つまり現在の心境は命終時の心境とまったく変わらない。命終時の心境が現在の心境だということになると、命終の心境が極めて身近になるとともに死がグッと身近なものに思えるようになった。現在の心境が命終の心境であると理解できたことで現在と命終とが現実問題としてひとつにつながったんだ。そうなると、今日、明日死ぬかも知れない。そうなったらどうなるんだろうと深刻な気持ちに陥った。それでますます他力の信が欲しい、阿弥陀仏に救われたいと心から願うようになった。そう願うようになるとますますこのまま死んだらどうなるのかという思いに囚われる時間が長くなってゆき、ますます苦悩するようになった。その2つの思いが繰り返しながら続くんだ。これは心の病理現象じゃないかと思った。

 

B君 いずれ助かるだろうとは思わなかったのか。

 

A君 いや、思った時期があった。病理段階が深刻化する前にいずれ助かるだろうと思えた時期があった。必ず助けるとの大悲があると思っていたからね。だから、いずれは助かるだろうと思えたときはそれは嬉しかったものさ。でも、その救いがいつになるのかと考えると再び不安に陥った。いずれは助かるだろうと思うものの心は苦しかった。これが「若存若亡」と言われるものかと思ったよ。

 

B君 それでだんだんと絶望するようになっていったのかな。

A君 それはまだもう少し先の話。その前に自力の思いというヤツに気づいたのさ。B君 自分の心の中に自力の思いがある現実に気づいたんだね。

A君 そう。他力の信が欲しい。助かりたい、助かるだろうという思いが自力の心だと気づいてしまったんだよ。

 

B君 何がきっかけで気づいたのかな。

 

A君 助かりたいという思いは、まだ助かっていないという思いの裏返しだ。まだ助かっていないという自覚的な思いがあるから助かりたいという思いになって念仏を称えるという心理状態になっている。この心の中で起こっている現実に気づいたとき、この心理状態から一歩も抜け出ることができないことに気づいたのさ。念仏を称えてもまだ助かっていない状態のままだ。来る日も来る日も自分は助かっていない現実に否応もなく気づかされる。そのときにこの心理状態から抜け出られない限り、他力の信は得られないし、助かることはないのだと思えたんだ。そしてこのとき、これが捨てるべき自力の思いだと気づいてしまったのさ。

 

B君 蓮如上人の「雑行雑修自力の心を振り捨てて」の自力の心がどういうものか

分かり始めたということだね。

 

A君 諸善を行じて助かろうという思いはもともとなかったが、読誦という助業を念仏に優先させていた思いが雑修、念仏で助かりたいとの思いが自力であると思った。その頃、その教学上の区別は付いていなかったが、雑行雑修という行をなす思いというものはみな助かりたいという思いを共通にしており、この助かりたいという思いが自力の心だと感じたんだ。

 

B君 うん。自力の計らいという問題は深刻な自分の心の中の問題であると分かったんだね。

 

A君 そう。これはたいへん深刻な問題だった。その心理状態から抜け出ようとしても一歩たりとも抜け出ることができない。抜け出ることができない時間が無為に過ぎてゆくだけで、このまま死んで逝くしかないのかと思えた。そう思うと助かりたいと思うが、この思いがそのまま自力の心で、助かりたいと思えば思うほどその自力の思いで心が完全に八方塞がりになってしまう。心が厚さ1メートル以上もあるゴム状の球体の中に閉じこめられて、内側から壁に体当たりでぶつかっても跳ね返されてしまう思いだった。自力の思いの事を「薄皮一枚ままならぬ。」と表現された妙好人がいたことを思い出したが、とてもそういう感覚ではなかったよ。

 

B君 その心理状態に陥って説法を聞いていたんだね。

 

A君 そう。だからどうすればこの八方塞がりの状態から抜け出られるのかとばかり布教師に質問していたよ。

 

B君 聞くべき所を聞かず、自分の心ばかりを見ていたんだね。

A君 そう。

B君 自分の心ばかりを見るのではなく、大悲を聞くんだと教えられなかったのか。

 

A君 教えられた。でもその意味が皆目分からなかった。「その大悲が分からないから質問しているだ。」などと食ってかかる勢いで質問したよ。

 

B君 大悲が分からないから自分の心しか見えないんだね。

A君 そうだね。これには参った。もう自分ではどうにもこうにもならなくなった。

B君 それが自力と他力の断絶という絶望感だね。

 

A君 そう。絶望するしかなかった。助かりたいと思った瞬間、それがすぐに自力の思いに転化するのだからね。本当に「自力地獄」といっていい状態だよ。これが自力の思いに囚われた者の心理状態だ。祖師が「疑網」と言われた意味が分かったような気がしたよ。自分の助かりたいという思いがマスクメロンの網状の1本1本の固い筋のようにたちまち心を覆って心を閉じこめてしまう感覚だ。

 

B君 それからどうなったのか。

A君 この悶々とした状態がしばらく続いたよ。

B君 その先を聞かせてくれないか。

 

A君 「自力地獄」に陥るとそこから抜け出ることはできないと観念しかけていたとき、ある布教師の説法で如来の大悲が私にかけられていることと大悲が届いているということをことを聞いた。それが心に残って、それはどういうことなのだろうかと自問自答した。そうこうするうちに、形のない大悲が大経という形を取って七高僧へと本願が連綿と伝え続けられ、それが現代にいたって法話という形を取って今私が大悲を聞いているのだと気づいたのさ。そのとき、連綿と伝えられてきた大悲はこうした歴史的な具体性をもった力になって私に届いていたのかと思えるようになった。そしてこの大悲の力はその後どうなってゆくのだろうかというところに思いを至したとき、この大悲の力は私をそのまま浄土へと引き連れてゆくのかなぁと思えた。そのときに頭の中で何かがはじけて分かったような気がして、大悲を感受する思いになり、感涙するようになった。このときを「A時点」というよ。このときはこれが救いであるのなら、何と簡単な救いであろうか、これ以上に易しい救いは他にはないと感じたよ。

 

B君 大悲が届いていると気づいてどうなった。

 

A君 そう気づいても救いらしき手応えはないままだ。後生のことは分からないままだし、地獄の底で仏の呼び声とやらは聞いていない。手応えがないから自分はまだ救われていないという根強い思いはそのまま心の中に残ったままだった。

 

B君 それで。

 

A君 ある日、その同じ布教師の説法を聞いたとき、その布教師が話す阿弥陀仏の慈悲の言葉が、あたかも阿弥陀仏自身が私に語りかけているような感覚になった。これが大悲が届いているということなんだと納得できた。このとき、阿弥陀仏の直の声が聞こえたということではないよ。「あたかもそう聞こえた」ということだよ。そのことはそのときにも自覚的に認識していたことだった。いうなれば布教師の言葉に阿弥陀仏の大悲が乗って私に直接届いたという感覚であったから、「あたかもそう聞こえた」ということだ。この時点をB時点というよ。

 

B君 それで。

 

A君 ご示談の時間になったので、そこで真っ先に質問した。「今日は布教師の先生の言葉が阿弥陀仏が説法しているかの如く聞こえて、大悲が私に届いていることが分かった。さあ、問題はここからどうすればよいのか。」と質問したのさ。今から思えば、ずいぶんと間抜けな質問をしたと思うが、そのときはそれなりに必死だったんだ。

 

B君 どのような回答があったのか。

 

A君 「もうそれで終わり。気づけば終わり。」だと言うんだ。「大悲が届いてることに気づいたのに救われていないと言うのは迷いが深い。」とも言われた。

 

B君 すぐに理解できたのか。

 

A君 理解できなかった。大悲が私に届いている思いとともに大悲に感涙する自分がいるものの、他に何ひとつ変わったことはなかった。これでおしまいと言われても、救いというものがどういうものなのか分からなかった。

 

B君 それで。

 

A君 大悲を感受しているものの、このままが救いであると言われても本当にこんなに簡単な救いであっていいのか、という思いがあった。また、大悲を感受して感涙しているものの、これが他力の信心ではなかったら、私の後生は一体どうなるのだろうかという思いも残った。

 

B君 それで。

 

A君 それで繰り返し繰り返し自問自答したし、祖師が住まわれた稲田にあるお寺に行って得られるはずのない指南を祖師に求めた。何かが感じられるかも知れないと思って祖師の見返り橋に立ってみたりもした。言葉としての教えは聞くことはもちろんできるはずもないが、ここに行って気づいたことは、仮に私が救われていないとしてももう自分のできることは何ひとつ残されていない、ということだった。後生がどうなるのかについてはこれまでと同じように何も分からない。このまま死んで逝くしかない状態は何も変わることがなかった。でも、その命終時に私がどうなるかは今この私に届いてる阿弥陀仏の大悲次第だと気づいて思いが変わってしまったんだ。心が翻ったような感覚、命終の先に体ごと倒れ込んで飛び込んでいくような感覚を覚えた。大悲のままに死んで逝けばよいだけだったと思えた。その後はただただ大悲に感涙するだけだった。この時を「C時点」というよ。

 

B君 それが君の回心の体験だったんだね。

A君 今思えば、そうだったのかなと思える。

 

B君 信一念というのが分かったのか。

 

A君 いや、いつが信一念だったのかはそのときそのときに自覚的に分かったわけではない。ある状態から別の状態へと確実に変化したということは分かる。その時点が「A時点」という瞬間なのか「B時点」という瞬間なのか、「C時点」という瞬間なのか、或いは「A時点からC時点」を含んだ連続した期間にかけて生じた変化だったと理解して良いのか、そのときは正直言って分からない。ただ有り難うございますと感涙するだけで精一杯だった。

 

B君 それが、自力から他力へ変わってしまったと考えている根拠なんだね。

 

A君 そう。根拠はそれしかない。

 

B君 その後、死んだ後どうなるかという不安や助かっていないのじゃないかという不安は起こってこないのか。

 

A君 起こってこない。「大悲を感受するがまま」という思いが心を占めてしまっているので、そのような不安は起こらない。

 

B君 「それが他力の信じゃないとしたら」という思いは出てこないのか。

 

A君 出てくる。しばらくの間出てきたし、今でも出てくるが、それが不安を伴うものではなくなってしまった。大悲を感受していればそれだけでよい。大悲を感受できなくなったり、再び後生の問題が不安になってきたら、そのときはそのときだし、そのときでも大悲は私とともにあり、私が仮に地獄に堕ちようとも大悲は常に私とともにあり、仏と私とは一心同体だと図らずも開き直ってしまった気分だ。

 

B君 では、君が考える信前と信後の違い、つまり回心とは何だというのか。

 

A君 信が欲しいとか助かりたいという思いはなくなってしまい、これで地獄に堕ちるのであれば、感受している大悲もろともだという心の据わりができた。自力の思いが心を占めていたのがすっかり無くなってしまった。以前は感受できなかった大悲が心に感受できるようになった。それだけだ。人がどういう意味で回心という言葉を使うのかは分からないが、自分が回心という言葉を使うとしたら、この状態の変化にしか使うことができない。

 

B君 じゃ、その回心は何を契機として起こったと考えているのか。

 

A君 回心は、救われたいのに自分では乗り越えられない自力の壁に突き当たった苦悩と大悲が自分に届いているという思いの2つを契機として起こる心の現象だと思う。大悲を聞かされても、自力の思いから抜け出る事ができない大きな苦悩がなければ回心は生じないし、そうした苦悩があっても大悲を聞いて自分に届いていると理解されなければ回心は生じないと考えている。

 

B君 「救われたいという思い」や「自力の思いから抜け出る事ができない苦悩」は心の内側から起こった思いだから、これを「内薫」と名づけるとすれば、大悲を聞くというのは心の外からの働きかけだから、これを「外薫」と名づけることにしようか。内薫だけでは回心は生じないし、外薫だけでも回心は生じない。この両方が揃ったとき回心が生じるというんだね。

 

A君 そう思う。内薫は自分が意図的に意識して起こした思いではないし、本願を聞くというのも外からの働きかけだ。だから、回心は自分の心の中で起こった現象ではあるものの、自分(自我意識)とは無関係に勝手に生じ起こった現象のように思える。自分の意識(自我意識)を中心にして言うと、自分の意識とは関係なく心が勝手に無意識のうちに「救われたい」と思うようになり、自分の心が勝手に無意識のうちに「自力の思いから抜け出る事ができないと苦悩」するようになり、大悲が届いている事も外からの働きによって気づかされ、自力の思いがきれいに消えてしまったのだから、心が回転して転換したというに相応しいと思う。この回心は自分とは無関係に勝手に起こったものだとしか思えない。自分の力が足りたということはなかったし、自分の力はすべて自力の思いとなって跳ね返されたという思いしかないので、自分の力は間に合うものではないと思えるのだ。

 

B君 その内薫と外薫を君は本願力だというんだね。

 

A君 内薫を過去からの本願力との縁によるもの、外薫を現在の本願力との縁によるものという理解をすれば絶対他力という考えが成立する。でも、それとはちょっと違った解釈も成立すると思うよ。

 

B君 どんな解釈か。

 

A君 内薫は心の不安が意識レベルに到達せず無意識のレベルに留まっていたものが、やがて意識されるレベルまで次第に強くなってきたということ、外薫は説法を聞く事による気づきという心理的な影響や効果のことだ。宗教色を一切取り払ってこの回心という宗教的心理現象を理解し解明しようとすると、シナプス結合という脳神経回路の構築とシナプス結合の強弱が心の作用を決定し、決定された心の作用が意識に上って意識に提示されるという大脳神経学的現象に原因を求めざるを得ない。回心が自力の思いを生じさせていたシナプス結合が消失ないし弱体化されて、大悲を感じる新たなシナプスの再結合が促されたことによって生じた心の心理作用であると考えることもできる。そう考えると回心は真宗独自の現象ではなく、他の宗教でもあり得る自然現象だとの理解も可能になってくる。

 

B君 もともと仏教では三界唯一心心外無別法といって、すべての現象を心に還元する立場に立っているが、この立場と整合性をとろうとすると、君のように理解する事になるのか。

 

A君 いや、それは分からない。阿弥陀仏の本願力という外薫が固然とした実在として心の外にあるという考え方もありうる解釈だとは思うが、大悲が心の外に実在するという認識が間違いであるにせよ何にせよ、大悲が届いているという認識は私の心が認識したことでもあるので、その認識が内薫とともに協働して回心を生じさせたと理解する事も可能となる。つまりは内薫も外薫も自分の心の働きだということになる。大悲を感受する心の作用はこれまでになかった神経回路の再構築によって生じている自然現象のように思う。

 

B君 本願力による回心か心のもともと持つ作用としての回心か、ということだね。

 

A君 その両者は対立するものではない。心のもともと持っている作用としての回心であると理解しても、心の作用として生じたその作用そのものが本願力だと理解することができるからね。心の作用の全てが解明されて何らかの手かがりを得ることがあれば、もっと確実に回心という宗教的心理現象に迫ることができるだろう。

 

B君 そうすると、どちらかに固執する必要もないということだな。

 

A君 そう。肝心なのは心の自然現象としての捨自帰他が現実に起こり、大悲を感受しつつ念仏称えて生きてゆく事と念仏称えて大悲を感受しながら死んで往く事であって、その現象を説明する学解などの哲理が大事なのではないからね。哲理は所詮哲理に過ぎない。本当のものではない。

 

A君 横道にそれてしまったが、本題に戻ろうか。

 

A君 私の信体験をどう理解するかについては、いくつかの解釈が考えられる。①1つは信一念が判然としない体験は他力の信ではないと考える。②2つは信一念を「A時点」又は「B時点」又は「C時点」に求めて他力信と認定する。③3つは信一念を信体験の上に求める知的作業を放棄して、「A時点からC時点」にかけて自力の思いが廃って本願にゆだねたことで十分とし、他力の信と認定する。

 

A君 さあ、君ならどの立場をとる?これが君の提示した問題意識を追求してゆくとぶちあたる困難な課題だよ。でも、だれでもがぶつかる問題だと思うがね。

 

B君 信一念の教義に忠実な立場は①か②になる。③はとりにくい。君はその問題についてどう考えているのか。

 

A君 あまり結論を急ぐなよ。

B君 ②の立場はとっていないのか。

 

A君 仮に②を取ると、信一念を「A時点」とするか「B時点」とするか「C時点」とするかの認定に困難がつきまとう。

 

B君 具体的には?

 

A君 信一念を「A時点」に求める場合、A時点において存在した「まだ助かっていないという思い」をどう理解すればよいのかという悟性の問題が生じる。この思いは自力の思いではないとしなければ、信一念を「A時点」に求める立場は成立しない。

 

A君 「まだ助かっていないという思い」が無くなった「C時点」に信一念を求めるとすると、A時点で大悲を感受した思いをどう理解すればよいのかという悟性の問題が生じることになる。A時点での大悲感受の思いは信ではないとしなければ「C時点」に信一念を求める立場は成立しない。

 

A君 「B時点」に信一念を求めると、「A時点」に求める場合の問題点と「C時点」に求める場合の問題点を同時に抱え込むことになる。

 

A君 このように②に立つと困難な問題がつきまとう。一番簡単で楽なのは①か③の立場をとることだ。

 

A君 そもそもこのような問題が生じたのは、事後的に信一念を認定しようとする作業は悟性を唯一の頼りとする。悟性というのは知的な心の作用の事だ。論理や概念を重視した心の作用の事だ。しかし、信は悟性ではない。悟性ではないとすればなんだというのかというとよく分からない。悟性ではないから、一応、感性の領域の問題だとしておくよ。信という感性の領域の問題を悟性が取り扱うと、悟性は教義を重視することになるから、教義に合致しているか否かだけを考えて①の結論をだすことになる。逆に③を承認すると信一念の教義を捨て去るか、信一念の概念を再構築するかの決断をしなければならなくなる。ここに悟性を重視することの問題性がある。

 

B君 悟性を重視すると君の信は他力の信ではないということになってしまいかねないよね。

 

A君 実は、自分自身でもそのように考えたことがある。そのことは上に述べたとおりだし、今でもときどきそう考えることがある。でも、これが他力信ではないために地獄に堕ちるようなことがあったとしても、そのときは大慈大悲の仏も私ともに地獄に堕ちて下さる、私は仏とは一心同体という心の据わりがある。だから、他力信ではないとしても心や気持ちの上では何の問題もないのさ。

 

B君 心の状態としてはそれでいいのだろうが、悟性はどうなったのか?

A君 悟性を重視しなければ何の問題も起こらないさ。悩まなくてすむ。だから個人的には親和性を覚えるよ。

 

B君 そりゃあそうかもしれないが、なんかモヤモヤした感じが残るよ。

 

A君 そのモヤモヤ感は他力信に対して悟性的アプローチ(悟性的思索)をとるときに生じてくる問題だよ。君が感じるモヤモヤ感は悟性が満足していないモヤモヤ感だ。このようなモヤモヤ感は阿弥陀仏というものの存在を考えるときにも出てくる。でも他力信はこの悟性的アプローチに対して超然としているのだ。そんな悟性が何になるという超絶感が他力信にはある。悟性的アプローチでは到達し得ない領域にあるのが証果や他力信だと思う。だから、悟性によって他力の信や回心を理解しようとしても、いずれどこかの時点でこの悟性的アプローチは完全に放棄されなければならない運命にあるように思える。

 

B君 たとえば、死を迎えたときとか。

 

A君 そうだね。そのときは悟性は完全に役立たなくなる。大悲に命をまかせるだけだ。さて、この続きの詳細は別の機会にしようか。それまでに一応の答えを用意しておくよ。納得のゆく答えを用意できるかどうか保証はしないけどね。ただ先取りして言っておくと、私は、A時点で大悲心を聞き受ける回心(捨自帰他)が不足なく成立し、成立した回心の意味を悟性が正しく理解したのがC時点だったと目下のところ考えている。C時点の思いが回心の完成型ではあるが、回心が成立して自力世界への後戻りができなくなったのはA時点であると思う。初一念はこの1度限りだ。B時点やC時点の感情や思いのことは初一念ではない。B時点のそれはA時点の初一念に伴って生じた後続する感情や感覚であったり、C時点のそれは悟性的認識による納得感・モノ落ち感であると思う。初一念はその直後から感情面に深い影響を与え、心の状態(落ち着き状態)を決定する要因になる。また思想面に至るまで幅広くかつ深く影響を及ぼし、その影響は長期的には宗学の修得や行動(念仏行や表現活動など)にも及んでゆく。妙好人は一生涯、臨終の際までその影響下にあるのではないかと思う。