4-10.どうしたらいただけるの

 どうしたら慈悲を頂けるのかと悩んでいたことは、大きな思い違いが原因でした。

 私の方が何かをどうにかしなければならないと思っていました。しかし、それが思い違いでした。何かをどうにかするということではありませんでした。慈悲が届いていることを聞けば良かったのでした。浄土往生は決定していると聞けば良かったのでした。私はこのまま死んでゆけば良かったのでした。

 思い違いをしていたことが分かったので、どうしたら慈悲を頂けるのかと悩むことはなくなりました。

 如来の慈悲においては「お差し支えなし」「ご注文無し」だから、悩むことはなかったのでした。如来の慈悲が私にそのことを気づかせてくれたのでした。

 どうしたらいただけるの?という疑問に対する回答が与えられてその疑問が氷解するのではなく、そのような疑問を持つこと自体が間違っていたと分かりました。質問自体が意味をなさず、間違っていることに気づかなかったのです。